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札幌高等裁判所 昭和51年(行ス)3号 決定 1976年11月12日

抗告人

苫和三

外五名

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一本件各抗告の趣旨及び理由は別紙(一)に記載のとおりであり、その抗告の理由とするところは、要するに、原決定は忌避を申立てられた裁判官が、自らこれをなしたものである点において違法且つ不当である旨を主張しているものであると解される。

二よつて審按するに、まず本件記録によれば、抗告人らの本件各抗告の申立に至る経緯として、次の事実が認められる。

抗告人らを原告に含む原告佐々木弘ほか六六名、被告北海道知事、参加人北海道電力株式会社間の札幌地方裁判所昭和四八年(行ウ)第八号公有水面埋立免許取消請求事件は同裁判所において裁判官安達敬を裁判長とし、裁判官佐々木一彦、同古川行男をもつて構成する合議体を受訴裁判所として審理されたが、同裁判所は昭和五一年二月二四日午前一〇時の第一三回口頭弁論期日において、かねて採否留保中の人証等につき、採用しないものとして申請を却下して右事件の弁論を終結した。同年七月二〇日安達裁判長は右事件の口頭弁論(判決言渡)期日を同月二九日午前一〇時と指定したが、原告らは即日、第一三回口頭弁論期日調書の記載に対し別紙(二)記載の趣旨で異議の申立をなすと共に右異議申立において主張のとおり右事件の弁論は終結していないとして次回口頭弁論期日の指定を求める旨の書面を提出した。同月二九日午前一〇時の右事件の第一四回口頭弁論(判決言渡)期日において抗告人らは、判決言渡に先立ち、受訴裁判所の既往の訴訟指揮は原告らのなした期日指定の申立に対しなんらの応答もせず、原告ら申請の証拠を取調べないなど不公正であるから、右裁判所により言渡される判決が原告らにとつて不利であることは明らかであるとして前記三裁判官を忌避する旨申立て(同庁昭和五一年(モ)第一四五九号事件)、これに対し右裁判所は、訴訟指揮の不公正の指摘はそれ自体としては忌避の原因とはなり得ないものであるところ、抗告人らの右各申立はあえてこれをなすものであるから忌避権の濫用であるとして即時右各申立を却下した。抗告人苫和男を除くその余の抗告人らはその場で右忌避申立却下決定は理由が不明であること及び忌避権の濫用を理由に右却下決定をなしたことを忌避の原因として改めて前記三裁判官を忌避する旨申立てた(同庁昭和五一年(モ)第一四六〇号事件)が、同裁判所は右却下決定と同一理由で即時右各申立を却下した。抗告人苫和三はなおもその場で、裁判官に対する忌避申立がなされた場合には、その当否は忌避を申立てられた裁判官以外の裁判官がこれを判断すべきものであるところ、右各忌避申立却下決定は忌避を申立てられた裁判官が自ら、しかも感情的に当該申立を判断しているものであるとして更に前記三裁判官を忌避する旨申立て(同庁昭和五一年(モ)第一四六一号事件)、同裁判所は右申立は忌避申立却下決定に対する不服を忌避の事由とするものであり、かかる事由は忌避の原因たり得ないとして即時右申立を却下した上、本案事件である前記請求事件の判決を言渡した。そこで抗告人らは右三回にわたる忌避申立却下決定のうち、第一回(前記第一四五九号事件)の忌避申立却下決定に対しこれを不服として即日本件各抗告の申立をなしたものである。

右によれば、原決定は、本件各忌避の申立において忌避の原因ありとされた前記三裁判官から成る本案事件の受訴裁判所が自ら右申立につき却下の裁判をしているものであることが明らかである。

ところで、行政事件に関しては、行政事件訴訟法第七条に従い同法に定めがない事項については民事訴訟の例によるべきところ、裁判官忌避の制度は、裁判官に裁判の公正を妨ぐべき事情あるとき、当事者の忌避申立により本案事件の訴訟手続をその時点において停止せしめ、裁判所の決定をもつて当該訴訟における爾後の手続に右裁判官が関与することを排除し、もつて裁判に対する信頼を確保する公益目的に指向されたものであり、除斥、回避の制度と並ぶ、裁判の公正を担保するための制度である。従つて、除斥の場合に裁判の公正を妨ぐべき事由として定型的に認め得るものをその原因として定めていることに照せば、忌避の原因をなす右裁判の公正を妨ぐべき事情も、これあることが社会通念上裁判の公正を妨ぐべき事情として客観的に評価し得る具体的事由であることを要し、単に当事者が主観的に裁判の公正を害すると認識する事情もしくは右具体的事由を推認するに足りない間接的事情を指摘するだけでは、忌避原因の主張あるものとはいえないというべきである。また訴訟指揮その他訴訟手続上の措置に対する不服は異議もしくは上訴により是正が図られるべきもので、かかる措置を不当とする不服もそれだけでは忌避の原因とはなり得ないといわなければならない。

また、民事訴訟法は、忌避申立において忌避原因ありと主張された裁判官は右申立事件についての裁判に関与することを得ないものと規定し(同法第四〇条)、忌避理由の存否の判断についての裁判自体についても公正担保の手続を定めている。そして、民事訴訟にあつては、一般に不適法な申立は申立理由の存否の判断に入るまでもなく、裁判による保護の対象たり得ないものとして速やかにこれを却下するのを原則とするが、忌避申立の場合における手続制定の趣旨が裁判の公正を手続上保障することに存することに鑑みると、右法第四〇条は、たとえ申立がそれ自体として不適法であると認め得るものであつても、原則的には忌避原因ありと主張された裁判官自身に却下の裁判をなさしめず、異なる主体に判断せしめる趣旨で設けられているものと解される。しかして、同法は他方忌避申立がなされた場合には、申立そのものの効果として、その申立についての裁判が確定するまで本案事件の訴訟手続の停止を義務づけ、急速を要する行為についてのみその例外を定めている(同法第四二条)から、申立が明らかに申立要件を欠く場合においても、申立のある以上忌避原因ありと主張された裁判官の主宰する本案事件の訴訟進行は、他の裁判官の構成する裁判所においてなす当該忌避申立についての裁判の確定までは凍結されなければならない筋合となる。ところで右の訴訟法上の効果は、これを無制限に考えれば、当事者の一方は忌避を申立てる旨の意思を表示しさえすれば、申立の理由如何に拘らず、要急行為を除き現に進行中の訴訟手続をいつでも恣意的に停止せしめて、訴訟の進行を支配し得ることとなり、右申立が、当該裁判の公正確保の公益目的から逸脱し、専ら訴訟進行を支配してその遅延を企図し、あるいは徒らに裁判の威信を害なう目的をもつてなされる等明らかに濫用にわたる場合でも結果において常にこれを許すことにならざるを得ないが、かくては審理の適正、公平、迅速を旨とする民事訴訟の理念に背馳するのみならず、裁判所が権利の濫用を容認することとなり、到底、許容できないものといわなければならない。そうであれば、忌避の申立が忌避理由の疎明をまたず、申立の時期、態様、主張される忌避事由等からその主張自体において本来の忌避目的を逸脱してなされていると客観的に認め得る場合、すなわち申立が忌避権の濫用に当ると明らかに認め得る場合には、前記法第四〇条の適用を認める実益も必要もなく、前記民事訴訟の理念及びこれに基づく手続上の信義則が裁判所のみならずこれに関する者にも及ぶものであることからみて裁判制度の有効且つ健全な維持運営のために右適用はむしろ否定されると解するのを相当とし、この場合には同条の規定に拘らず忌避原因ありと主張された裁判官自らにおいても当該忌避の申立を却下することが要請されているものというべきである(刑事訴訟法第二四条参照。)。

本件についてこれをみるに、前記認定の経過事実によれば、抗告人らは、証拠調の不十分、期日指定申立に対する不応答を忌避原因であるかの如く主張するものの、その主旨は本案事件の弁論がまだ終結されておらず、また終結すべき段階でもないとの見解のもとに、受訴裁判所が判決言渡をなすことを違法もしくは不当として本件忌避の申立をしているものであると認められる。しかし、仮に抗告人らの右見解が正当であるとしても、抗告人らは、なされた判決につき右違法もしくは不当を理由として上訴によりその是正を求めることができるだけであり、裁判所が右と異なる見解のもとに判決の言渡に臨むこと自体なんら忌避の原因とはなり得ないことは上述のとおり自明である。のみならず、抗告人らは、本件各忌避申立に先立ち、他の原告らと共に、前記本案事件につき受訴裁判所が十分な審理を遂げず予断をもつて心証を形成して弁論を終結したとし、同裁判所の当該訴訟指揮のあり方から裁判の公正を妨げる事情がある旨主張して昭和五一年二月二四日右事件の弁論が終結された当日前記三裁判官に対する忌避を申立て、同年三月九日訴訟手続内における訴訟指揮、証拠の採否に関する不満は忌避の原因とはなし得ないとして右申立を却下されたため更に当庁に即時抗告を申立て、これもまた右同様の理由で棄却されて確定しているものであることは当裁判所に顕著な事実であつて、これらの点を併せ考えると、結局抗告人らは実質的には右忌避事件において主張した事由と同一の事情を挙げて本件各忌避の申立をしているものといわなければならず、要するに忌避権行使に藉口し、専ら判決言渡を阻止する目的のもとに本件各忌避を申立てているものと解するほかないものであるから、抗告人らに忌避申立により保護さるべきなんらの利益もなく、右申立が権利の濫用であることは明らかである。

よつて、本件各忌避申立を却下した原裁判所の決定に違法の廉はなく、その判断は相当であるから本件各抗告を棄却することとし、抗告費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条、第九三条第一項本文を適用して、主文のとおり決定する。

(小河八十次 落合威 山田博)

別紙(一) 抗告の趣旨、抗告の理由<省略>

別紙(二) 口頭弁論調書の記載に対する異議申立<省略>

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